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zoom RSS 【トークライブ】カウンセリング × ソーシャルデザイン「良い子ちゃん量産社会」でどう生き残る?

<<   作成日時 : 2015/05/17 15:16   >>

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5月16日(土) 高円寺パンディットにて開催された

カウンセリング × ソーシャルデザイン「良い子ちゃん量産社会」でどう生き残る?

出演:信田さよ子さん、今一生さん

こちらのトークライブに行ってきました。

そちらの感想などを。
【注意:かなりの長文です】

日本人の60代の元校長、フィリピンで1万2000人の少女・女性を買春

こちらが最初のテーマで、そこから枝葉を広げての、
肩に力も入らない、お二人の率直なご意見が伺える内容ものでした。

先述のテーマでは、

・仕事のプレッシャーが強かったこと
・それがフィリピンでの買春になったこと

世間からは理解されないようなストレス方法であっても、
そういう選択を本人がしてしまうのは、
どんな人にでも起こりえることなので、
何か「特別なもの」ではないと感じて、
驚くようなことがなかった、というのが、
カウンセラーでもある、信田さんのご意見。

同時に「なぜわざわざこの話題なの?」とも。

私もこれには共感。

そして今さんのご意見。

彼は「先生」という職業を選んだのが
「教育者になりたい」というものではなかったのではないか。

そして、外からの評価や肩書き、立場に捉われて
自分の行動を制限した結果、ストレスが溜まって
フィリピンに行ってこんなことをしたのだろう。

大人や保護者からは「人畜無害」のような印象がある校長だが、
女性の卒業生からは「特に優しい先生などの好印象もなく、
女子生徒をじっと、いやらしい目で見ている印象があった」とあった。
そういう目で生徒を見ているように感じ取られるということは、
やはり教育者ではなかったのだろうな、とも思う。

ストレスの解消方法でこのような方法を取ってしまう人は、いる。
そういう場合、万が一バレてもいいように、
堂々と自分の体験談を「ルポ」として週刊誌に売りつけることで、
「目的は取材(仕事)だった」と、抜け道を作ることが多い。
それをしなかったのが不思議だと思った。

そして、このような買い取った記事を平気で載せるような、
グラビアや風俗情報が掲載されるような週刊誌でさえ、
この校長に対して「珍しいことではない」とは書かずに
全否定していて「理解できない」としている。

そこに「男社会」においても、価値観の大きな変動があるように感じた。
この校長や、多くの親世代が信じていたような、
男性中心の社会構造や、価値観が、崩壊しつつある。

「頑張ったらどうにかなる」
「学歴はあった方がいい」
「一流企業に入れば安泰」

そのようなことをゴールとして、

「いい成績を取りなさい」
「一番になりなさい」
「いい人になりなさい」
「人から褒めてもらえるようになりなさい」

などで育ってきた「いい子ちゃん」ほど、
苦しんでしまうような社会的な価値観になってしまう。

「頑張っているオッサン、ダサい。寒い。」

これが今のライターなどを任されているような
世代からの評価(価値観)なのだとしたら、
世代によっての価値観が全部異なる。

それなのに、親世代の見え方の価値観で
「あなたのために」と言われて育ってきてしまうと、
順当にそれをやってきたと思われるような校長が、
こんな事件を起こし、世間から総すかんを食らう。

本当に「よい子」でいる意味はあるのだろうか?

なるほど。

私は「なぜこの話題?」と思ったのですが、
価値観の変動、ライター世代だと、
私(第二次ベビーブームの世代です)よりも
少し若いくらいの人だろうな、と思うと、
確かに違うんだよね、価値観。

ただ、私は女性なので、男性特有の世界というか、
上下とか、そういう男社会っていうのは、
肌で感じることができないから「???」でもあった。

でも、男性である今さんからこのような話が伺えて、
「なるほど。価値観の変動についていけないと、
自分が苦しんでしまう結果になってしまい、
頑固だったり、自分の方法にこだわることが強くなって
柔軟性が弱くなる30代後半以降。
ちょうど、価値観が切り替わるような瀬戸際にいるような
世代の男性って、すごくつらいのかも…」と思えました。

その後、会場内の観客の意見も交えて
活発な議論になって、とても印象的だったのですが…。

今さんが「彼は承認欲求が強すぎたのではないか?」と。
私は今さんのご意見と一緒なんですよね。

が、信田さんや観客の多くの方は、
「承認欲求が強い人が、人道的ではないような買春をするのでしょうか?
 それは承認欲求ではないと思う」と。

そして「外国語を話している時、倫理観が外れた時に解放感があった」ことにも
今さんは着目していて、「だから買春ができたのだろう」とも。

以下は、私個人が感じたこと。

「人から褒められる、尊敬される人になろう」
(世間から認められる人であろう)



先生になり、校長という座にまで昇進した動機。
「先生」という職業をしたい(教育者になりたい)のではなく、
「先生」「校長」という肩書きが欲しかっただけではないか?

が、周囲は本人が努力して、その職業に就いたとしても、
「先生であれば、こうですよね?」
「校長であれば、こうですよね?」
を押し付けてくる。
それは押し付けてくる側は「役割を果たして欲しい」との気持ちがあり、
まして、それが公的な職業でもある教員なのであれば、
そのような要求が高くなるのは当然のこと。

が、先生は「自分では当たり前ではなく努力をしている」。
が、周囲は「当たり前の要求」をしているので、
「ありがとう」だの「すごい!」だの、
感謝や褒め言葉という見返りはない。
なので「人から認められている実感」というのを
校長先生は得られなかったのではないか。
それが強いストレスになっていったのではないか。

男性の承認欲求の強さというのは「性欲」でも表れると思う。
なので、抵抗ができないような少女だったり、
日本円にしては安いけども、フィリピンでは高額になるお金で、
自分が満足がいくセックスだったりにたどり着くために、
1日に10人など、異様な数字になってしまうような行動に出たのではないか。

「承認欲求」というのは、言い換えれば、
「自分が満足できるものを、もっと、もっと、与えて欲しい」
それが強すぎたから、与えられないストレスに比例して、
買春に求める人数も膨れ上がったような…。

それでも、後ろめたい気持ちや罪悪感もあったのだと思う。
だから、そんなことをしているのは日本では言えない。
それもストレスになったんじゃないかなぁ…、と。

隠蔽工作をしなかったのも、「いい子」だからだろうな(苦笑)。
そこまでの保身が出来なかったのは、ずるくなれなかったから。
彼はコソコソしていただけだろうな、と。

そして、たまたま「ばれなかった」期間が長かった。
「今度はばれるかも」という、思い込みもストレスだったかもなぁ…。

と。
本当、これが「いい子」になった顛末か、と思うと…。

いい子を目指して「馬鹿じゃないの?」と言われるって、
一番不幸になるのは本人なんだよなぁ…、と思えてならないです。

自分が本当は「何がしたいのか」を考えずに、
人からの評価、見え方を気にした生き方をした結果、
ストレスばかりをためてしまう習慣になってしまう。
ってね。

結局「何がしたい」がないから、こうなっちゃうんだろうなぁ…。

面白いな、と思ったのは、

今さんは中学時代の友達が勉強が出来ない不良で、
自分は彼らと交流はあったけど、学力があって成績が良かった。
なので、頼まれて勉強を教えてあげて、友達もどうにか高校に合格した。

でも入学して間もなく、高校に行った先で、友達が喧嘩に巻き込まれた、と。

「大人が言うよう、とりあえずでも高校に行くことって
 本当にいいことなの?」と思えた最初の瞬間だそうです。

が、信田さんは逆で。

その今さんのような友達のような世界は見たくない。
なので見なくても済むように、彼らとは差をつけて、
私が満足できる環境の中だけで暮らしたい。
だから勉強して、進学高に行こう!と決めたそうです。

結局、それは価値観だったり、
自分にとって「何がいいことかのか」の違いなので、
どちらの世界も正解なんだけどもね。

ただ、自分の気持ちがはっきりしないまま、
「親も先生も行けって言うしー」と、高校に行った結果。

自分で高校進学をする理由を見つけて、
自分の意思で行動した結果。

それがよく分かる実話だなぁ、と感じました。

要するに「あなたのため」というのは、
時としてその人から判断力を奪う。
選択肢を誤らせる。

もちろん「あなたのため」という言葉が、
本当に相手のためになることもある。

が、それは、相手が感じ取ること。
「自分のためになった!」という感覚があって、
初めてその言葉のありがたみに気がつくものですよ。

「私のためって言われたから」では、
感謝にも鈍くなる。
それが「当たり前」だと思っちゃうからね。
「言われた通りにやりました。で?次は?」と、
相手に依存心を生むだけになってしまうかもしれない。

そして言われた通りにやっても、うまくいかないと、
問題行動を起こす。

校長先生だって、精神的には子供だったのでしょう。
世間からの評価に左右されてしまうというのは、
世間体に依存しているというのは、
精神的には子供なんだと思う。

本当に「いい人」にするっていうのは、
依存ではなく自立して社会で活躍できることなのに。




その他、印象に残った言葉をノートに書き留めたので、
そこから抜き出します。

■印象に残った言葉

世の中の反省しない、言っても響かない人もいると思う。
そういう人たちはなぜ反省しないかというと、
自分は困らないから、反省しない

==

「幸せを求める」というのは良いことだが、
その「幸せ」が自分本位の、自分だけが満足できる幸せになっていないか。
(「自分さえ幸せを感じられれば、世間なんてどうでもいい」になっていないか)

==

学歴を含めて文化や、価値観が変われば、
求める幸せも変わる。
それなのに、15歳(中学3年生の進路)で
すべてが決められてしまう社会構造は何も変わっていない。

==

女性は家庭を持ち、出産したら、以前の関係性がどうであれ
「子供何人いる?」だけで、友達が出来る可能性がある。

男性はそれだけでは友達が新しく出来る可能性は低いように思える。

ただ、イクメンという男性もいるので、必ずしもそうとも限らないが、
その「イクメン」というのが、
「仕事も育児もしている俺、かっこいい。家族思い」と思っている場合、
そんなのは家族として本来は当たり前のことなので、
それをひけらかすお前は痛いとは思う。

==

ACの問題などで「毒親」という言葉があるが、
「毒親」というのは親個人に問題があるのではない。
さも、親の人格だったり状況における責任だと思われてしまうが、
毒親を生み出してしまう社会の問題があることに、
目を背けてはならない。


==

民主主義というのは、政治に頼らずに「自己解決」をすること。
目の前にある問題に対して、自分たちが解決しようとする、
民主主義思想が日本にはあまり根づいていない。

政治が変えてくれるという期待ではなく、自分たちでやる。

社会情勢が悪いのは、政治が悪いのでもなく、
それぞれ自分が出来ることを正しく実践していないからであり、
自分のあり方を変えないから、社会が変わらない。

==

「反原発」と「脱原発」は異なっていて、
「原発反対!」とする意見と「原発に頼らない世界を」は似ているようで違う。

「反政府」「反政治」な思想はあっても、
なぜ「脱政府」「脱政治」になれないのだろうか。

==

他人と「分かり合える」という期待を持つから辛くなる

==

本当に相手を理解しているということを相手に届けるには、
相手に届く言葉を模索しなければならない。


==

アルコール依存症は「世の中に適合したい」気持ちが引き起こす。
薬物依存症は「世の中から逃げたい」気持ちが引き起こす。
これに加えて、DVを起こすような人(依存癖がある人)の共通点は、
その組織の中で「一番えらい人」を瞬時にかぎ分けて、
その人に対しては態度を変える。


統合性失調症など精神的な疾患がある人は、
一番偉い人を探して態度を変えるなどをしない。

そこが一番の違い。

==

人は「切羽詰った経験」を資本に出来る

==

弱いことは悪いことではない。

それなのに「強くなければいけない」と思い込んでしまう生き方が、
自分を生きにくい道へと進ませていく。

弱さはいくらでも価値を生み出せる。

弱さを認めたことで、同じ弱さ(価値)を持った人と繋がれる。

そして人と同一価値を共有したことで、
自分が本当に求めているものに気づける。

そしてそれを得るために、行動が起こせる。

特に男性には気づいて欲しい考え方。


(これは男性でもある今さんからの力強い言葉でした)

==

ACである自覚を持つということは、
今までの生きづらさ、苦しさの責任は
「自分のせいではなかった」と気づけること。
自分は「親の被害者だったのだ」と気づけること。
それが世間からの「自己責任」という言葉の罠から
逃れられる考え方になる。

だが、過去は過去で変えられない。
大事なのは「親のせい」にしてしまうことではない。
被害者意識を持つことではない。

「それではこれから先、親から聞いてきた意見に関係なく、
自分はどうしたいのか」

それを見つけて、行動していくことが大事。

そして人間「死んだら終わり」ではない。

自分の起こした活動のフォロワー(後継者)を作ること。
「あなたのおかげで私の人生が変わりました!」という人が
1人でも出てくることで、あなたはその人の中で生きることが出来る。

それが死んだら終わりではない、ということ。

死ぬまでにやりたいことだけではなく、
死んでも後に残るものをやることで、常に「今」を生きることが出来るはずだ。

==

との言葉が印象に残りました。

その後、会場での質問コーナーもあったのですが。

とっても感動して印象的だった話がありました。

ある女性からの質問の冒頭、簡単な自己紹介をした際に。

「私は今さんの書かれた『日本一醜い親への手紙』を読んで、
 自分の生きにくさが親からの育てられ方にあったと思えました。
 その中にあった信田さんからの文章はとっても心に響いて、
 私の中では、今さんと信田さんが、心の両親のような存在です。
 本当に救われました、ありがとうございます。」

ご本人ではない私ですら感動したのですから、
ご本人たちは感動ひとしおでしょうね。

本を通じて、「同一価値を提供した」だけ。
場を作っただけですよね、今さんたちは。

この本に共感した人たちの多くは、
「私でも変われることが出来るんだ!」と、
自分の力を信じることが出来たと思います。

世の中のためになる仕事って、こういうことなんだと思いますよ。

そこに有名も無名も、一流も二流もない。

自分が「本気で心からやりたい」ことを、出来る最大限でやる。

それを愚直にやっていくだけで、自分だけではなく、
多くの人の幸せにも気づかせることは可能なのだろうな、と思えました。


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